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久しぶりに刑事ドラマの法律監修を法律監修してみようか。
今日の課題は、小泉孝太郎主演の
魔性の群像 刑事・森崎慎平4
を取り上げてみよう。
もちろん、主演の小泉孝太郎が森崎慎平刑事だ。
冒頭のシーン
森崎刑事が逃げる男をねじ伏せ、腕をねじり上げて手錠をかけながら、こう見栄を切る。
「いいだまさひこ!傷害致死罪で逮捕する」「くそ~!」
なんだ、もう事件解決か?
いや、森崎刑事は、逮捕状を示していないぞ。
逮捕するには、逮捕状を示さなければならないんじゃないのか?
そもそも憲法に規定があるだろう。
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。(但書き省略)
第二百一条 逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。
ということは、逮捕状を示さずに逮捕した森崎は刑事訴訟法違反か?
主人公が、ドラマ冒頭から、刑事訴訟法違反を犯しちゃダメでしょう。
森崎が刑事訴訟法違反にならない可能性は3つある。
ひとつめは比較的簡単で、法学部を出てない読者諸君でも言い当てることが可能だろう。初級編だぞ。
そうだ。この逮捕が現行犯逮捕の場合だ。
第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
これはかなり有名だね。
次は中級編。緊急逮捕の場合。
これも知っている人が居るのでは?
第二百十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
そして、3つめは上級編だ。わかるかな?
皆さんは聞いたこともないかも知れないが「逮捕状の緊急執行」というのがある。
逮捕状は1通とは限らない。
必要があれば、裁判所は複数通発行してくれる。
刑事訴訟規則
(数通の逮捕状)
第百四十六条 逮捕状は、請求により、数通を発することができる。
ところが、全ての警察官が逮捕状を持ち歩いて仕事をしているわけではない。
逮捕状は出ている。でも、自分(警察官)は逮捕状を持っていない。そして、目の前に犯人がいる。指をくわえて見逃すしかないのか。
こういうときにも逮捕できるのが「逮捕状の緊急執行」である。
逮捕直後の同僚の会話
「いいだ。時効成立まで、あと1日でしたね」
「残念だったわね」
このドラマは、2017年放送なので、当時の法律で検討すれば良いだろう。
森崎刑事は「傷害致死で逮捕する」と叫んでいた。
逮捕の容疑は、傷害致死で間違いない。
傷害致死の法定刑は、3年以上の有期懲役。
最長(長期)は20年だ。
刑法
公訴時効は刑事訴訟法
第二百五十条 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
ということで、傷害致死の公訴時効は20年だ。
「いいだ」が起こしたとされる傷害致死事件は、19年と364日前ということだ。
ということは、初級編=現行犯逮捕は、ありえない。
20年近く経っていると、中級編=緊急逮捕も、現実味が薄い。20年もの間、逮捕状が取れない。そんな証拠が足りない事件が、時効ギリギリに証拠がそろい、逮捕できた。なんて奇跡に近い。しかし、可能性ゼロではない。特にドラマの世界では。
しかし、森崎刑事は、刑事訴訟法第210条の「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。」の「その理由」を告げる手続きを行っていない。緊急逮捕だとしても(時効直前に証拠が揃う奇跡が起こったとしても)刑事訴訟法の手続き違反で違法逮捕だ。
となると、上級編=緊急執行か?
緊急執行の場合も「被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて」逮捕しなければならない。
森崎刑事は、「傷害致死容疑で逮捕する」としか言っていない。
公訴事実というのは、簡単に言うと犯罪事実そのものである。犯行日時、場所、被害者などが必須となる。要旨、つまり、かいつまんで告げる場合でも、それらは必要である。森崎刑事は、それらを告げていない。
さらには、令状(逮捕状ね)が発せられていることも告げていない。
緊急執行としても、違法逮捕と言わざるを得ない。
筆者としては、なんとか、森崎刑事を守りたかったのだが、まことに残念だ。
主人公が、ドラマの冒頭から、法律違反を犯すとは。残念で仕方がない。
それを見逃したドラマの法律監修者が残念で仕方がない。
それ以外にも、実は大きな落とし穴がある。それは、このドラマ特有の問題ではなく、かなり多くの刑事ドラマに共通することなのだが・・・
問題がないのは、こういうドラマ。
事件発生→捜査進展→犯人特定→証拠十分→「よし、逮捕状請求だ」→裁判官、逮捕状を出す→逮捕状を持参して犯人逮捕
こういう展開なら問題はない。
しかし、今回は、犯人は特定できていた。証拠も揃っていた。ただ犯人の居所が分からない。刑事が執念で時効完成直前に犯人を発見し逮捕。(ドラマでは、そこまで詳細に描かれていないが、同僚の会話から推測される事実関係)
こういう展開だと、問題は複雑になる。
何が?って、逮捕状は、いつ、出されたのか?ってこと。犯人が判明し、証拠も十分。となったら、逮捕状を請求し、犯人逮捕に全力を尽くす。ところが犯人が逃亡して見つからない。逮捕できない。
実は、逮捕状には有効期限というのがある。7日間だ。
7日経っても犯人を逮捕できなかったら、逮捕状は無効になる。森崎刑事以外の刑事が、7日以内の有効な逮捕状を持っている。そういう場合でないと、逮捕状の緊急執行すらできない。その前提がない。ということになる。
可能なのは、緊急逮捕だけだが、「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」と言えるのかどうか。甚だ疑問に思う。
だって20年も前から犯人が分かっていた事件なんだよ。「急速を要し」なんて言ったら、笑われないかな?
法律監修者は、誰だ?
エンドロールにしっかり出ているぞ。
法律監修
東京東部法律事務所
後藤寛
山添健之
弁護士と明示されてはいないが、まさか、法律事務所のパラリーガルに法律監修を頼むことはないだろうから、弁護士さんだろう。面倒だから確認してない。
確認したい人は、日弁連のひまわりサーチへGO!
「いいだ事件」は、このドラマの主題ではなかった。
その後に発生した殺人事件が、メインストーリーだった。
だから「いいだ事件」が、その後、どうなったかはドラマに描かれていない。
しかし、ブログ主としては、気になって仕方ない。
気になって、夜も昼間もおちおち寝られない。
地下鉄を地下に入れる方法より悩ましい。
何がそんなに気になるのか?だって???
公訴時効完成の前日に逮捕したんだよ。
次の日に起訴しないと、公訴時効が完成しちゃうんだよ。
警察も検察も慌てたろうね。
通常事件では、逮捕から勾留請求まで制限時間72時間。それまでに、勾留請求できる準備ができれば良い。
森崎刑事が「いいだ」を逮捕した時間は明るかったから、仮に昼間の12時と仮定したら、警察・検察の持ち時間は、36時間。通常事件の勾留請求までの時間の半分しかない。その時間内に「いいだ」を起訴しなければならないのだ。
裁判所の夜間受付にお世話になるのは確実だろう。
森崎刑事が活躍しているのは東京都内と思われるので、取扱は東京地検だ。東京地検の起訴決裁官は刑事部長だろう。担当検事が起訴状を作成した後、刑事部長の決裁を受けないと、起訴状を裁判所に提出できない。
刑事部長も残業確定だ。
そういう裏話を描いてほしかった。じゃなくて、法律監修の弁護士先生は、ここが気にならなかったのかなあ?
メインストーリーとは無関係の導入部分だ。「時効完成1日前」なんて切羽詰まった日にちに逮捕しなくても、1月前、2月前でもどうでもいい。そこは法律監修者として、日にちをずらした方が良かったのではなかろうか?
メインストーリーには、面白い監修箇所がなかったので、省略。
では、また、後日、お会いしましょう。